こんにちは!株式会社Cosmowayが組織するデジタルプロダクション「factory4」のUIUXデザイナー新谷です。今回は2015年から現在に至るまで、スマート農業に携わった経験から得たUIUXの重要性にフォーカスします。
私自身が農業とテクノロジーを組み合わせたプロジェクトに参加したのは、このときが初めてでした。山梨大学工学部の小谷教授らが中心となった、桃の被害果を検出するシステムの研究開発に携わったのですが、そこで感じた課題や経験からUIUXデザインについて考察していきます。
目次
「モモシンクイガ被害果検出システム」の研究・開発プロジェクト
私が所属するデジタルプロダクション「factory4」は、もともと山梨県甲府市で結成されました。そんな山梨県はモモの収穫量日本一を誇ります。国内でも広く親しまれている山梨県産のモモですが、昨今は海外への輸出も行われています。
2010年、台湾における輸入検疫において山梨県産のモモの中から「モモシンクイガ」という害虫が発見されたことから、山梨県産の被害果は輸入停止措置がとられてしまいました。そんな中2015年から2018年にかけて、山梨大学さんと共同で「モモシンクイガ被害果検出システム」の研究・開発プロジェクトへ参加しました。
検査の効率化と人手不足解消をテクノロジーで解決
モモシンクイガとは、モモ以外にもリンゴやナシなどの果物に寄生するガの一種です。とくに幼虫は実の中に潜り込むのですが、その食入孔(侵入した穴)も小さいため外から寄生しているかどうかの判断が難しく、農薬の散布では駆除できないという大きな問題もあります。
食入孔は穴が小さく発見はかなり難しい。一方、脱出孔の穴は大きい
この問題を解決するには、選果員など人の目視によって行われてきた検査を見直し、目視では不可能なモモ内部の異物自動検査技術を確立。検査体制も進歩させ、今後の輸出拡大に向けて効率化にも取り組む必要がありました。
このように先進技術を活かしてモモの被害果の検出を効果的に行うため、山梨大学さんを中心に「モモシンクイガ被害果検出システム」の研究プロジェクトが始まりました。弊社はこのプロジェクトで、インターフェースアプリ開発・検査装置の筐体デザイン・モバイル遠隔操作システムの構築を中心に携わりました。
検査システムのデザインで意識したこと
システムをデザインする上で、前述したモモや「モモシンクイガ」という害虫など、モモを取り巻く課題や背景を知るところからスタートしました。
システムデザインを行う
ここでいう「システムをデザインする」とは、複数の構成要素が相互作用する集合体のようなものです。ITやテクノロジーといった限定的な意味ではなく、情報や通信、ハードウエア、サービス、メディア、そして人や組織、社会、環境までさまざまなシステムを包含したデザインを指しています。
ゴールを想定した未来型のUXデザイン思考で
現状抱えている課題を解決し、その先にあるゴールへ向けてデザインしていきます。課題解決の先に設定したゴールは次の項目を設定しました。
検査の自動効率化
人手不足解消
コスト削減
安全で美味しい作物を届ける
プロジェクトでは現状把握からスタート。次のような流れで、現場や市場の調査分析、企画から設計へと進めていきました。
1.背景と現存する課題とサービスやプロダクトの確認と調査
2.ユーザビリティ調査や市場や現場の調査と分析
3.プロダクトとユーザーの出会い・ストーリー設計
4.プロトタイプや成果物の評価・分析・発表
5.ユーザーインタビューや展示会などアンケートの実施
4年間続けて研究開発をし、実際の農場で実証実験を実施。「アグリビジネス創出フェア」や「国際ロボット展」に出展するなど、フィードバックをしながら改良を重ねていきました。
UXデザインの必要なスキルやマインドセットについて
ここでUXデザインするうえで必要なマインドセットも確認しておきましょう。
1.顧客視点:ユーザーや開発者のニーズを理解し、その立場に立ってものを考えられること
2.分析力:調査の結果を分析して、現状の課題やゴールを見極めること
3.コミュニケーション力:ユーザーや関係者を上手く巻き込み、引き出す力やアイデアを伝える手段を持っていること
4.実行力:描いたゴールへと導き成果物として構築できること
サービスを提供する、または開発する側が「ユーザーニーズを理解し、ユーザーの立場に立ってものを考え、その先のゴールへ導く」ことは、簡単なようで非常に難しいです。そのため、現場に赴いてその環境に触れたり、ヒアリングなどのユーザーテストを活用したり、振り返りと課題の洗い出しを繰り返したりすることも、ニーズやゴールを見極めるためには必要となります。
たとえばモモ農家さんの農場で実際にお話を伺っても、アルバイトの方、研究所の方、農家のオーナーさんなど、立場や環境が違えばニュアンスや感じとる思いも異なります。ただそういった意見を伺うことは、ゴールへ向かうための判断材料となったり、信頼関係を築くきっかけになることもあります。現場で突然テクノロジーやアイディアを伝えても、信頼なくしてデザインをしていくことはできないと直感じました。顧客視点やコミュニケーション力は欠かせません。
UIUXを重視したシステムデザイン
ここからは実際に制作したインターフェースアプリやプロダクトについて、具体的に紹介していきたいと思います。
私たちは、X線でモモを撮影し透過画像をデジタル画像処理によって被害果を見つけ出すという山梨大学さんが考案されていたシステムをどのように効率良くしていくか、そしてそれらを自動化し、いかにデータを蓄積・運用するかをデザインしていきました。
利便性と安全性の高いインターフェースアプリの開発
被害果検査装置を操作するために、専用タッチパネル式インターフェースアプリを開発しました。重きを置いたのは、パネルの調査・選定から行い、使いやすさと利便性、装置としての安全性と誤作動防止です。
大きな画面で操作するわかりやすいインターフェースは、弊社が開発したAndroidアプリです。不本意なタッチで誤作動することがないよう、ふたつのボタン両方をタッチしなければ検査が開始されないように設計されています。モモにX線が照射されている間は画面に実際の検査中のビューが表示され、終了すると判定結果で知らせる仕組みになっています。
検査装置筐体のプロダクトデザイン
検査装置筐体のデザインでは、モモという食品とX線のふたつを扱う装置であることを意識しました。次のように設計イメージを作成し、共有しています。
マテリアルは、金属の溶出や錆の混入防止にも有効なステンレスを採用。硬くて丈夫なので、食品を扱う装置のマテリアルとしてはベストだと考えました。シンプルで美しい筐体となるよう、サイドの面のスリットが正面の画面の傾斜と並行に斜めになるようにデザインしています。
自動化されたことで誰でも簡単に検査が行えるように
操作タッチパネルから検査を開始すると、検査装置筐体にモモが入り、内部でX線を照射。モモの形状に合わせ複数方向から撮影されます。そのX線画像に対し、モモシンクイガ検出アルゴリズムによる画像処理・認識が施され、幼虫の食入孔の有無を判断し、被害果を検出。被害果と判断されたモモは、検査装置から戻され、物理的に出荷作業へと進まないよう設計されています。
次に、検査を通過したモモに「フルーツキャップ」をかけ「箱詰め」の工程に流れていきます。ここでは、人の手・指を再現。従来不可能であった、モモを傷めずに保持したり回転させたりできる柔軟なハンドリング技術を持ったロボットを採用し、3Dステレオビジョンセンターでモモの大きさを計測したり、箱を開けた際にきれいに見えるよう、縫合線の向きを揃えたりと高度な技術が多く用いられています。
これら一連の検査から箱詰めまでの自動化が可能なこの検査装置の開発によって、検査後にはいっさい人の手を通らずに出荷準備が完了できるように。従来の検査と比べて作業時間を約半分以上短縮し、効率化に成功しました。
モバイル遠隔操作システムの構築とデータ収集と展開
検査装置のモバイル遠隔操作システムでは、装置をスタンドアロンで動かしつつも、IoT機器の連携によって遠隔でデータを確認することができます。データは蓄積されるため、過去の被害果の履歴データなどをチェックしたり、検査システムと連動して管理することも可能です。複数台装置が稼働していてもデータをまとめることができ、モモの品種・区分による被害果の数から傾向を確認することもできます。
最新技術を活かすアグリテックを通して農業の活性化へ
効率的な装置の導入や研究データ、さらにこれらのデータをAIで活用し、モモ栽培やモモシンクイガの研究を進めた結果、このシステムはブドウやナシ、2022年時点ではサクランボの選果システムなどにも活用されています。
2022年時点では、サクランボの等級などを画像解析し選果するシステムにも応用されています。
この装置の実用化によりモモの輸出量を増加させることはもちろん、モモシンクイガが寄生するほかの果物の検査でも取り入れられるようになれば、時間短縮と人員削減による効率化、技術の進化・連携による装置の信頼性と利便性の向上、農家の方の利益率アップなど、日本の農業をより活性化させることにもつながるでしょう。
まとめ
今回は、害虫被害や輸出入に関わる大きな問題、農業の担い手の高齢化、農業人口の減少、それらを限られた環境下や予算内でどのように解決していくかなどが課題でした。そしてその先のゴールへ導くため、調査から企画、設計、開発などのステップをふみながらプロジェクトを進め、すべての人が「安全でおいしい作物を食べることができる」、そして「日本農業の活性化」につながるようなシステムのデザインを目指しました。
また、農林水産省主催の「アグリビジネス創出フェア」をはじめ、「iREX 国際ロボット展」「ロボデックス ロボット[開発]・[活用]展」などのプロモーション活動により、いっそう多くの人にプロジェクトや現状を知っていただけるきっかけになれたのではないかと考えています。
こちらの記事もおすすめです
様々なサービスやプラットフォームを通じて、UIUXデザイン関連の考察を連載しています。ぜひこちらもご覧ください。
CreatorZine
今回の記事はウェブマガジン「CreatorZine(クリエイタージン)」さんに寄稿させていただいた記事の追記、更新版となります。企業で働くクリエイターをサポートするウェブマガジンです。こちらもどうぞご覧ください。
Contact
各種デザインやイラスト制作承ります!お気軽にお問い合わせください。