2015年、山梨大学さまと共に、人流データ利活用基盤開発研究の一端である「山梨県八ヶ岳地区における観光客のための回遊情報把握システム」を開発しました。
首都圏から2~3時間圏内に位置する山梨県八ヶ岳地区は、夏は気候もよく、非常に多くの観光資源を有しています。山あいの豊かな自然の中を歩くだけでも楽しめる上、数多くのホテル・ペンションをはじめ、八ヶ岳リゾートアウトレット、多くのショップとカレーが有名なレストランROCK・オルゴール博物館ホール・オブ・ホールズがある萌木の村など多くの観光地が点在しています。もしかしたら皆さんも一度は訪れたことがあるのではないでしょうか。
この地区の観光のために、主に清里エリアを周遊する清里ピクニックバスと小淵沢エリアを周遊する八ヶ岳高原リゾートバス(現:八ヶ岳鉢巻周遊リゾートバス)が存在します。それぞれエリアの観光地については、歩きでいくつも回れない部分も出てきます。そのため、電車で訪れた人や効率的に観光地巡りをしたい人がより楽しめるよう、毎年4月末~11月末にかけて運行しています。
観光客にさらなる利便性を、そして地域活性化を目指して
プロジェクトの目的としては、まず、進行ルートの可視化とバスの位置情報に加え、車内の混雑情報もWeb上で可視化できるようにし、観光客の利便性を高めること。これが達成できると、目的地までどのバスに乗ればよいかWeb上のマップでビジュアル化され分かりやすくなり、観光客がバスの混み具合や遅れを把握して予定を組むことも可能になります。
さらに、人流データ(パーソン・トリップデータ)を計測・収集したり、関連した他の施設のデータと連携したりして情報資源を構築し観光に活かすこと。ここからは各宿泊施設の客数の推定、イベント開催時の人の流れの可視化などができるようになり、また災害時にもこのデータとシステムを有効活用することができるかもしれません。
これらの目的を実現できれば、山梨県・八ヶ岳地区の地域活性化に繋がることにもなるため、役立つ研究開発を行いたいと考えました。
開発にあたって
実現に向けては、いくつかのシステムを開発し、それを連携して大きな1つのシステムとして構築する必要がありました。
まず1つ目は、カメラやスマートフォンを使いバスの位置情報や人の乗降を計測しサーバに送信する、IoTを活用したシステム。2つ目はその受け取ったデータをサーバに送りデータベースに蓄積するシステム。3つ目は、蓄積したデータを反映するWebシステムです。
IoTを活用した位置情報・乗降客の人流データの計測
まずは人流データの計測方法・使用する機器の選定から始まります。
検討の結果、計測方法としては乗降口上部にカメラを設置し、オプティカルフローによる移動物体の検出を採用しました。これは、カメラが移動する物体を検知し、それぞれにラベリングを行うものです。この方法で乗降のために移動する人を検知・ラベリングし、乗客数を割り出します。
機器に関しては、今後ひろく利用できるようにするために使用する機器は手に入りやすいものを用い、さらに少ない通信費で運用できるようにしなければなりません。そこで、サーバに送信するための端末はスマートフォンのNexus6を選びました。スマートフォンがあれば、アプリを導入しての各機器との連携、GPSによる現在位置情報の照会が可能になります。乗降客数計測装置は赤外線照明を持つ可視光/赤外線カメラ・ドア開閉状態検出測距センサと、そのカメラ画像より乗降客計測を行うRaspberry Pi 2をUSBで繋ぎ、スマートフォン端末へ情報送信を行えるようにしました。
これらの機器をバスに搭載する上でひとつ大きな課題がありました。それは、バスの振動や衝撃への対策です。
山間部のため、道は大きく上下したりカーブしたりすること、周遊バスのため点在する停留所での頻繁な停車・発車が想定されます。このため、様々な検証を重ね、乗降客数計測装置の処理系であるRaspberry Pi 2やバッテリー周辺は衝撃を吸収するスプリングや、ソフト素材と防振ゴムを用いてバスへ搭載することを決めました。また、バッテリーに関しても、スマートフォンの充電を有線にするとバスの振動やホコリ・熱で故障する可能性が高く、ホルダーに取り付けてのワイヤレス充電(Qi)を弊社より提案し、実際に採用されています。
アプリからサーバへデータ送信、各情報を照合する
アプリケーション開発にあたっては、最初にバスの区別のためそれぞれの路線にIDを設定し、運転手が予め入力できるようにしました。入力においては、運行の妨げとならないよう、出発前に時間をかけず簡単に行えるようなUI設計を心掛けました。
前項の乗降客数計測装置からのデータはRaspberry Pi 2からBluetooth通信を利用してスマートフォンへデータが送られ、スマートフォン自身ではGPSによる位置情報(緯度経度)・時刻情報を取得。アプリからこの一連のデータをひとまとめにして、15秒ごとにインターネットを経由してリアルタイムでデータベースのWebサーバへ送信できるようにしました。
このようにしてアプリからサーバがデータを受け取り、送信された路線ID・時刻・位置・各バス停の乗降者人数が保存されます。そしてこれらのデータが既定の路線及び時刻表情報と照合され、各停留所の通過時刻を計算したり、後述のWeb上のマップにバスの軌跡と乗降者数をアニメーション表示したりすることができるようになるのです。
八ヶ岳観光バスナビゲーション Webシステムの構築
バスの位置をWebサイト上で表示し、運行情報を可視化できる情報サービスシステムとしては、既に2009年から「やまなしバスコンシェルジュ」が存在していました。山梨バスコンシェルジュは、本研究の豊木教授のもと、弊社CTOの清水が以前開発に従事していたこともあり、この既存システムを利用、さらに発展させて構築することとなりました。
そして、「八ヶ岳観光バスナビゲーション」というWebサイトをデザインし、制作。こうして実際にここまでのシステムが活き、多くの人がそのデータを見たり使用したりが可能になります。
大きくマップが表示された中には、乗降者数の情報と共にバスの現在地がリアルタイムに反映され、アニメーションで動きます。見ているだけでも面白い機能ですが、時間を遡って表示することができたり、現在の乗者数によって色が変わったりする仕組みも取り入れました。
この他にも、観光客の情報収集・実際のバス利用に役立つ停留所や時刻表の情報もメニュー表示しました。実際に八ヶ岳地区に観光に行く前の下調べにおいても、実際にバスを利用する際でも利用できるようにパソコンやスマートフォンなど様々な端末に対応して表示できるようにしています。
実証実験の開始
そしてとうとう、山梨交通株式会社さまの協力により清里ピクニックバス2台・八ヶ岳高原リゾートバス2台にこのシステムを搭載できることとなり、実証実験が行われました。
まずスマートフォンのアプリの手順書を作成して運転手の方にお願いをし、各情報を活用する場所の方々へデータの見方を教示するなど、実証実験において円滑にシステムがまわるためには関わる方々への理解が欠かせません。弊社では各装置の取り付けから接続検証、バス運行期間中の運用・保守対応はもちろん、システムの精度を確かめるために現地調査にも赴きました。
実証実験において、多くの人々に八ヶ岳観光バスナビゲーションを使ってもらえたり、実際のデータを取れたりしたことは大きかったと思います。また、実験を行わなければ見えてこないデータ取得上の問題点も把握することができました。例えば、システムがうまく作動していないときに運転手はどう対応すれば良いのか、センサ付近で行ったり来たりする乗客を重複して検知してしまう、大きな振動によって乗降客数計測装置とスマートフォンの間の通信が不安定になるなど、今後システムの正確性・信頼性の確保においてどの部分を改善していけば良いのか考えるきっかけとなりました。
2015年12月には、この一連のシステムについて、国立情報学研究所にて行われた「Information System for Social Innovation 2015(ISSI2015)」ならびに山梨県立図書館にて行われた「ソーシャル・ビッグデータ駆動の観光・防災政策決定支援システムワークショップ」にて山梨大学さまと共同で研究成果の発表を行いました。多くの方にこの研究を知ってもらう機会となり、良い経験をさせていただきました。
バスの利便性向上、人流データの利活用、観光地の今後に向けて
以上のバス乗車人数の数値化・バス移動のデータ化を可能とした「山梨県八ヶ岳地区における観光客のための回遊情報把握システム」は、今後もさらに発展させて人流データの計測・地域活性化に役立てられる研究であると深く感じています。さらに今回は、弊社の持てる機器・IoT・サーバ・Webまで担える広範囲の知識と技術を大いに活かすことができました。
オンシーズンの八ヶ岳地区では、バスの利用をせず自家用車で移動する人も多く、各地の駐車場は大変混雑します。イベントが開催される日には、道が渋滞することも稀ではありません。システムの開発により、バスの利便性が再確認され、このような課題解決にも繋がるのではないでしょうか。
さらに、人流データを蓄積しさらに大きなデータとすることで多方面への利用の可能性も見込めます。
特に、停留所ごとの乗降客数把握による観光施設提供者への情報提供やバス運行事業者の乗降客把握による運行マネジメント支援にも役立つのではないかと考えられます。これに限らず、現在の最新技術と連携すれば計測するデータ自体についても性別や年齢など詳細まで分かるようになるかもしれません。さらに、このシステムを全国展開すれば活用できる観光地や地区も多いはずです。
この研究は弊社にとっても新たな価値を創造できた大きな一歩でした。貢献できたことを光栄に思います。