2015年の八ヶ岳バスIoTシステムの研究を活かし、2016年より山梨大学さまと八ヶ岳における観光流動調査研究を行いました。この研究では、スマートフォンから送信されているWi-Fi probe要求から人数や滞在時間を計測できる装置を開発し、「人流データ」・「賑わい度」を可視化。そのデータを今後の地域活性化に向けて利活用していこうという試みです。
今回、装置は萌木の村のレストランROCK、道の駅こぶちさわ、清泉寮ジャージーハット売店に設置しました。
Wi-Fiという言葉はこの数年ですっかり普及してきたように思います。現在、多くの家庭で無線LANアクセスポイントを導入し、スマートフォンやパソコン・ゲーム機などをWi-Fiを介してインターネットに繋いでいるのではないでしょうか。さらには、駅や商業施設・カフェなどでも「Wi-Fi利用できます」という表示をみることが多くなりました。海外では日本以上に広くWi-Fiの整備が整っている国もあり、海外からやってきた観光客にも国内のFree Wi-Fiが利用されているようです。
Wi-Fi probeと人流データ・賑わい度
前回の八ヶ岳バスIoTシステムでは、バス乗降者数をカウントするため赤外線カメラを使って移動物体の検出を行い、スマートフォンのアプリを使用してデータを集めました。今回は、スマートフォンのWi-Fi利用がONになっているときにそれを感知できる「Wi-Fi Probe」を使用して人流データ・賑わい度を取得し、利活用に繋げていきます。
Wi-Fiに対応しているスマートフォンは、機器の状態によっても異なりますが、周辺にあるWi-Fiアクセスポイントを検索するために数十秒間隔でprobe要求というものを定期的に送信しています。スマートフォンでWi-Fi利用をONにしているとコンビニや街中で利用可能なWi-Fiが画面に表示されたり、過去利用したWi-Fiに自動的に接続したりということが起こります。それは、このprobe要求によるものなのです。
このprobe要求には端末位置IDなどの情報が含まれており、これを取得すればどのくらいの人数がいるのか、その人がどれだけその場所にいるのかを知ることができます。加えて、多くの地点で取得できるようにすることで人の動線も把握できます。
昨今このprobe要求においては、セキュリティ対策や不正な追跡を防ぐために送信される情報をランダムに生成するスマートフォン端末も増えてきています。また、取得できる範囲内ならば歩いている人以外にも自転車や自動車の中からのprobe要求も取得できるため高精度のデータとはなりませんが、傾向をつかむことは可能です。
上記のような理由に加え、固体を識別するMACアドレス等の情報を利用することは総務省で不可とされているため、この研究では個人を特定せず、どのように人が移動しているか・その場所がどのくらい賑わっているかということを可視化するためにこの手法を利用しました。集まったデータは、観光地の今後の運営に活かせる有効なものとなるのではないでしょうか。
情報取得のための装置の開発とデータ同期システムの構築
情報取得のために有効な機器選定・装置開発、そしてシステムの設計を行いました。
まず、シングルボードコンピュータRaspberry Pi3に、probe要求を取得するためのモニターモードを搭載したWi-Fiドングル3つを給電型USBハブに差し込んで接続。probeはまずIEEE802.11gの2.4GHzの1CHから13CHを順にスキャンする仕様のため、全CHデータを取得を試みると重複が多く処理が遅くなることが事前検証にて分かっています。そのため、この装置におけるWi-Fiドングルでは、情報の80%がトレースできる1,6,13CHの3CHに限って情報を取得することになりました。
そして情報を保存するためのデータカードであるSDカード、サーバにモバイル回線を通してデータを送信できるよう、携帯電話会社の通信サービスを使ったSIMカードを搭載します。このように既存の機器を選定し、組み合わせて装置を開発することでコストを抑えました。
装置の内部のシステムとしては、Wi-Fiドングルでprobe要求情報を取得できるようPythonでプログラムを作成し、固体識別情報の利用を避けるため取得した情報を即時破棄しハッシュ値に変換する仕組みを構築。サーバーとのデータ同期はSSHリモートフォーワードを設定、また遠隔からの再起動、停電・複電時に自動起動できるようスクリプトを設定しています。これにより、サーバ側から装置の稼働状況を遠隔で確認し、必要なソフトウェアの修正を行うことも可能です。
さらにRaspberry Piのデータ書き込み時・停電でSDカードが壊れるのを防ぐためSDカードは起動時の読み込み用途のみとし、データはRAMに保存するようにしました。
装置の設置
そうして開発した装置を、2017年9月に八ヶ岳エリアの萌木の村のレストランROCK、道の駅こぶちさわ、清泉寮ジャージーハット売店それぞれに赴いて設置場所を決定し設置しました。
屋内ですが、装置は埃の影響を受けないようにふたのあるBOXに入れて電源は各地点の電源から供給、安定して装置が稼働できるようにしています。
不具合にいち早く対応するために、装置やシステムが正常に動いているかどうか死活監視も合わせて行いました。
そのため、稼働を開始してからも不具合を確認して途中でデータカードを交換したり、3G通信なしでもWiFi probe要求の情報を取得できるように設定したりと現地作業を行いました。さらに、3G回線がつながらないなどの不具合に関しては遠隔から操作が可能なため、現地に赴かずに3G通信のスクリプトを変更することができました。
今後のコスト削減と冗長化のため、同じ場所にRaspberry Pi ZeroとWiFiドングル3個を使った装置もあわせて設置し、Raspberry Pi3との比較も行ってみました。すると、Raspberry Pi3と比べてRaspberry Pi Zeroはコストが40%、probeデータは80%となる結果が得られました。
人流データ・賑わい度の計測から
このような計測は、9月・10月の2ヶ月に渡って行われました。サーバに各装置から得られたデータを日ごとにまとめ、グラフにして傾向をつかめるよう可視化しています。
それぞれの地点での滞在時間に加え、観光客の増える週末は賑わい度が高いことがよく分かりました。また、1日の中でも3地点それぞれの観光地に立ち寄る観光客の姿もデータを通して知ることができました。萌木の村ROCKでお昼ご飯にカレーを食べ、清泉寮でおやつのソフトクリームを食べ、道の駅こぶちさわに立ち寄ってお土産を買い、帰途につくというような観光客の大まかな行動も想像できます。
得られたデータを適切に利用することで、エリア内の人気な観光地・観光ルートの案内や、店舗の売り上げを上げるための販売戦略にも活かすことができるのではないでしょうか。
さらに、この八ヶ岳における観光流動調査研究の結果についても、前回の八ヶ岳バスIoTシステムに引き続き、山梨大学様と国立情報学研究所にて共同発表する機会をいただきました。発表資料は、先生方と弊社清水・藏重で制作しました。
今後の地域活性化に向けて
今回は、私たちの生活に浸透したスマートフォン・Wi-Fiを使って情報を取得し、データとして今後に活かすという手法を採りました。大きなコストをかけずに人の流れや賑わいを「見える化」することを可能にし、様々な研究や、ビッグデータとして情報を利活用できるという活路が見えてきました。
今回の研究の中でも、八ヶ岳エリアの観光地に車で向かうには利用する人が多い中央自動車道のインターチェンジなどに装置を置いてそこからの動線・人数に関して取得するという案もありました。実際に弊社でも実験をしてみましたが、車は速度が早いため、かなり低速の状態でないと情報の取得は難しいことがわかりました。
しかし、技術が急速に進化していく現在、可能なことはどんどん増えていくと考えられます。機器の進化、そしてそれを組み合わせた装置の高機能化、スマートフォンなどに搭載されているセンサも高精度・多用途になりつつあります。
Wi-Fi probeの利用についても、現在のOSだと情報を偽装する、ランダム生成するなどのセキュリティ対策が取られるようになっているので、多方面から人流データの取得・利活用方法について考えていく必要があります。しかし、現在はAIを利用することで偽装・ランダム生成された情報の推定も可能、さらにはBluetoohでもprobe要求の情報が取得可能なため、情報を取得するのにも方法は1つとは限りません。
今後もこの研究を活かし、各観光地でWi-Fi probeから情報を取得することができれば、他県から八ヶ岳エリアに訪れ、宿泊し、帰宅するという一連の流れを詳細に取得できるようになるのではないでしょうか。さらに、現在手に入るセンサなどの活用で人流・賑わいだけではなく、年齢層や性別などデータからの傾向をより深く知り、今後の地域活性化に活かしていくことも考えられます。Wi-Fi probeとBluetooth Probeは、導入しやすい安価な装置で取得、人流データの定量化が可能なものなのです。
このように様々な技術を用いてデータを取得・蓄積、分析していくという「適切なデータ活用」が現代において有効であるということが分かり、弊社でも様々な用途への可能性を見出すことができた研究となりました。